プロフィール

1974年 神奈川県横浜市で生まれてすぐ、アメリカ、シカゴに父の転勤で引っ越し。幼少期の4年間をシカゴで過ごす。

1988年 中学2年生の2月に、また父の転勤でバーレーンに引っ越し。バーレーンインターナショナルスクールに編入。

1990年 9月、湾岸戦争勃発前に帰国。関東学院高等学校に帰国子女枠で編入。

1992年 青山学院女子短期大学 英文学科にクリスチャン推薦で入学。

 

1994年~1998年 日本銀行入行。国際局で海外景気調査事務補佐・海外統計・国際交流担当部署などに配属される。

     社会人になってからNGO難民を助ける会で週末ボランティア(愛のポシェット運動事業)を始める。

1995年 NGO難民を助ける会の愛のポシェット運動で、カンボジアの小学校にポシェット配布するボランティアに参加する。

1997年 同じく愛のポシェット運動で、紛争終結5年後のボスニア・ヘルツェゴビナにポシェット配布ボランティアとして赴く。

 

1999年 東京調理師専門学校 調理師本科入学。栄養士とどちらにしようか迷って選んだ、食べものの世界への一歩。

2000年 3月パンパシフィックホテル横浜「カフェトスカ」で朝食・昼食ビュッフェ担当のアルバイトで現場経験を踏む。

       9月シドニーオリンピックに株主接待用ブースの調理・サービススタッフとしてボランティア参加する。

                12月東京三菱投信党顧問総務部の派遣社員になり、田舎暮らし・ゲストハウス資金をつくろうとする。

      同時に、ワインと食とsakeの情報紙月刊ヴィノテークに文とイラストを載せてもらうようになる。

 

2002年 日本農業実践学園 研究科入学。資金づくり中途だが、調理の世界も体力が要る。また食べもののコラムを書きながら、食べもの=や

      さいの本質を知りたいと希求するようになり、体力づくりも含めて、農業を学ぶことにする。

2003年 農のある暮らしの定住地を求めて、ボラバイトや住み込み調理バイトをする。(沖永良部島のユリ収穫、奥蓼科の旅館の調理スタッフ)

2004年 日本農業実践学園 農産加工部嘱託職員になる。農産物の加工技術(主に製パン・ジャム・漬けもの・味噌・とうふ)を仕事としながら

      習得させていただいた。

2006年 再び、定住地を求めてさまよう。(南大東島のカボチャ収穫、清里高原のオートキャンプ場手伝い)

 

2007年 世界規模の会員制リゾート クラブメッド サホロの日本食担当で英語が飛び交うインターナショナルな職場で調理経験を再び積むこと

      とする。冬のシーズンは配置が変わり、朝食のチーフになり、現地採用スタッフ3名を任される。

2008年 クラブメッドのオーストラリアに行くはずがビザがおりないトラブルがあり、そのままなんとなく士気が下がってしまい辞める。戻っていた

      地元横浜で横浜市大病院内のレストランの厨房に入り、産業給食を経験する。

      11月、ネパールにあるチベット仏教寺院Kopan Monasteryに仏教入門1ヵ月コースに入る。仏法に帰依する。

2009年 1月、福井県勝山市北谷町小原区で小原ECOプロジェクトが開催した「豪雪体験」に参加する。小原に興味を持ち、また訪ねようと決め

      る。

      3月、勝山市平泉寺町のラブリー牧場にふるさとワークステイで再び勝山へ。

      5月、勝山市に移住。福井県都市農村交流員として小原ECOプロジェクトの活動に携わる。

 

2010年  都市農村交流員を1年の契約で終わりにし、やりたいと思っていた農のある暮らしの実践を目指し、ブログタイトルを「福の井戸から汲

      み上げる」に変える。

      9月、財団法人奥越地場産業振興センターの新しい事業、農商工連携推進事業のコーディネーターになり、勝山市内のいろんな人と

      かかわりができる。

      センター主催の草木染め教室に参加するようになり、草木染めを学ぶ。また、センターの工業用ミシンと勝山の地場産業繊維との出

      合いで服づくりを始める。

2012年  農商工連携推進事業が終わり、ハーブガーデン空のテラス(当時はアマテラスガーデンという名前)を本格的に手伝う。

      11月、手づくり市in奥越前で「ののくさ堂」の名前で初めて自分の手づくり品を販売する。

      12月、多田農園でしめ縄飾りの仕事を経験する。

      

2013年  農商工連携事業が勝山商工会議所で再び始まることとなり、農商工連携活動推進員になる。「農商工よろず屋 かわら版」でコーディ

      ネーター業務の近況を発信している。

      週1日勤務なので、引続きハーブガーデンに行き、ののくさ堂製作・夏と秋の出店、暮れになるとしめ縄飾り、合間合間に小原の農園

      に行くパターンができる。

 

2015年~  パターンは継続しながら「日々の身近な上質」を提案し、ありのままの自分でいられる場所、ひととき戻れる空間を創るために

      自然のある暮らしの経験値を高めている。

      目下目指しているのは3年後、関東にUターン。千葉の房総半島か神奈川の里山でリトリート空間、「peacefulnest」をかまえること。

      ハーブを育てる傍ら、野草について学び暮らしに活かす「百姓魔女」になること。